シャケ
- 2009/06/28(日) 22:16:26
久々に読書感想文でも。
最近めっきり書いていませんでしたけど、読んでいますよ。ええ、読んではいるんですけれど、溜め込みすぎて書くのちょっとイヤになってきた…。
とりあえず春先に読んだ、シェイクスピア作品3作をば。春にはシェイクスピアを読むと決まっているのです。
『ペリクリーズ』ウィリアム・シェイクスピア
「シェイクスピア」と聞いて、この作品がパっと浮かぶ人はそうはいないんじゃないかと思われる、マイナーどころの作品。私もどんな内容か全然知らなかったんですが、ちょっと前にシェイクスピ作品ガイドでコレのあらすじを読んだら、えらく面白そうだったので。
劇の前半と後半の間でいきなり10年以上もの時間の経過があったり、生き別れの娘と再会したり、死んだと思われていた妻が実は生きていたり…と、筋書きは『冬物語』とほぼ同じ構成になってます。でもこちらの作品の方がすんなりと楽しく読めたのは、やはり「正義は勝つ」「悪は滅びる」という分かりやすい勧善懲悪モノだというところが大きいんじゃないでしょうか。冬物語も面白かったけど、リオンティーズの行き過ぎた嫉妬心によってハーマイオニが追い詰められていく序盤のシーンなんかは、見ててあんまり気持ちのいいものじゃなかったんで。幼い王子は死にっぱなしだし…なのにリオンティーズは結局お咎めナシだしな〜。それに比べてペリクリーズは、まっすぐで高潔な人柄なんで素直に応援できます。
面白かったのが、ペリクリーズの娘マリーナ。育ての親に美しさを妬まれた結果殺されそうになり、結局流れに流れて売春宿に売られてしまうのですがね。でもこの彼女、自分の純潔を死守すべく、なんと女買いに来た客をみんな説得して改心させてしまうんですよ。スゲー、どんだけ説得スキル高いんやこの娘…。
でも、自分をかどわかした海賊や、さらってきた娘を買い取って娼婦に仕立て上げる売春宿の人たちが悪人ってのはまあいいんですが、合法的に売春宿に女買いに来た男達は、別に悪ではないんじゃないかな…あんま褒められた事じゃないっていえばまあ、そうなんですが。まあお姫様だし、潔癖なのは当然なんでしょうけど、でも、どうなんでしょうね。「この身を汚されるくらいなら死を選びます!!」ってのと、「生きるためには、汚れた仕事だってなんだってやってやる!」ってのと、どっちが正しいんでしょうね。ケースバイケースだとは思うんですが、この劇でのマリーナと売春宿のおかみとの言い合いを見る限りでは、私はおかみの方が正しいんじゃないかなという気になりました。だってね、現代社会ならまだしも、この時代はどんな生まれかによって人生がほぼ決定付けられてしまうような時代。貴族は貴族。農民は農民。奴隷は奴隷。現代ならば、生まれつき定められた階級なんて(少なくとも表向きは)ありませんし、本人の努力次第で這い上がっていくことが可能でしょう。だからこそ、底辺まで落ちてしまった場合は自身の自堕落さや運のなさを責められもするでしょう。ですがこの時代です。そりゃお姫様として生まれたマリーナには本来縁のない世界ですから、体を売って生きている人間に対して驚きと軽蔑の気持ちを持つでしょうけれど。でもこの場面を読む限りでは、社会保障もない身分制度がっちがちの社会で、底辺にいながらもしたたかに生きてきたおかみの言い分の方が、温室育ちのマリーナよりも説得力があるような気がしましたよ。うーん。
『恋の骨折り損』ウィリアム・シェイクスピア
タイトルはわりと有名だと思うんですが、そんで期待して読んだんですが、あれ、この話、あんまり面白くなかった…?
というより、盛り上がりに欠けるというか、いつ山場が来るんだろうと期待しつつ読んでいるうちに気付けば終わっていた…ていう感じでした。ちょっと残念。実際に劇で見たら、もうちょっと印象変わるのかな。王宮の華やかな男女関係のお話なんで、目で見て楽しむ要素のほうが強いのかも。変装してお目当ての相手を取り違えさせてからかう所とか、文字で追っかけるだけではちょっとややこしいですもんね。うん、劇で見よう劇で。コレ、母校で上演してくれないかな〜。
『ジュリアス・シーザー』ウィリアム・シェイクスピア
タイトルはシーザーですが、実質この戯曲の主人公はブルータスです。
数々の手柄を立てて権力を握ったシーザーを快く思わない元老院は、彼を亡き者にしようと暗殺を企てます。表向きは「シーザーの独裁体制を打ち倒すのは全ローマ市民の為だ」と。しかし実際は、権力を握ったシーザーを恐れて。栄誉を独占しているシーザーを妬んで。
そんな中でただひとりブルータスだけは、心底ローマの為だけを思い、ローマの未来の為にのみ、心底敬愛するシーザーを討つ決意をします。彼だけが、シーザーを討つために悩み苦しみます。そんな彼をよそに、狡猾な元老院議員たちは嬉々として陰謀を推し進めていきます。苦悩、策略、裏切り、虐殺。それらのおどろおどろしさを強調するかのように、シーザー暗殺前夜、ローマの町には次々に不吉な出来事が起こります。
自分はシーザーを愛していた、だがシーザーを討つのは止むを得ないことだったと、市民に対して演説をするブルータス。それに続き、シーザーの臣下アントニーもシーザー追悼の演説をします。暗殺者たちを貶める発言をせぬようにと釘を刺されていたアントニーですが、演説の中で巧みに亡きシーザーの美点を強調し、まんまと市民達の心に暗殺者達への怒りを呼び起こすことに成功します。アントニーに焚き付けられ暴徒と化した市民たち。謀反人たちはローマから逃亡。そして合戦の末、彼らはみな敗れ、破滅していきます。
…アントニー、かっこいいじゃないか!私はこの作品より前に、後日談にあたる『アントニーとクレオパトラ』を読んでしまっていたので(その際の感想文はこちら)、アントニーがこんなにもかっこよく、しかもでしゃばりすぎず目立たなさ過ぎず、知略に富んだ活躍をしているだなんて夢にも思いませんでした。これがナゼあんな風に…クレオパトラ恐るべし。傾国傾城の美女の力って、スゴイね☆
無駄に長い文しか書けない
- 2009/02/01(日) 23:58:22
さて、そんなこんなでたまりまくっている読書感想文でも書きます。
今回はちょっと暗い内容なので、感想読んでも面白くないかも。すんまへん。
『商隊−キャラバン−』 ヴィルヘルム・ハウフ
砂漠を旅するキャラバンで、毎夜商人たちが不思議なお話を語り合う。言うなればアラビアンナイトのようなお話。…そう、ホンマにアラビアンナイトだな!って本でした。異国情緒メルヘン。…ゴメン、それ以外にあんま感想書くことがない!面白かったけどね。
ある商人が、いかにして片腕を無くしてしまうに至ったかのお話が、結構ホラーな描写で面白かったです。
『あのころはフリードリヒがいた』 ハンス・ペーター・リヒター
大学に入りたてのあの時、図書館の児童書コーナーで岩波少年文庫全巻読破の誓いを立てたあの日から、避けては通れないと、いつかは読まねばならぬ本だと思っておりました。けれども、気が進まなかった。読み終わった後に落ち込んでしまうのが分かっていたから。どうしようもなくつらい気持ちになるのが分かっていたから。
この作品は国語の教科書にも載っていたりするので、ご存知の方は多いと思います。私も「ベンチ」「ポグロム(ユダヤ人大虐殺)」「終末」の章は読んだ記憶がありました。でも、そうやって途中の章だけ抜き出してチラっと読むのと、二人の少年に感情移入しながら、彼らの歩んだ道筋を最初から終わりまでずっと辿っていくのとでは、伝わってくるものは全然違いました。
同じ年に、同じアパートで生まれた二人の少年。幼なじみとして、親友として育った二人の少年。家族ぐるみの付き合いを続けていた二つの家族。しかしやがて片方は、もう片方の無残な結末を目の当たりにする事になります。失業し生活に苦しんでいた「ぼく」の家族が、職を得てだんだんと裕福になる一方で、その豊かな生活を守るため、自己防衛のために理不尽な差別へ加担せざるを得なくなっていく過程。隣人を愛し、力になりたいと願いながらも、自分達に被害が及ぶことが恐ろしく、結局何も出来なかった事実。そして裕福で優しさにあふれ、幸せだったフリードリヒの家族が、ユダヤ人だというただそれだけの理由で、やがて理不尽に職を追われ、行動の自由、思想の自由を奪われ、差別され迫害され死んでいくその過程。
それらをずっと辿っていくこと…普通の生活がどのように変わっていってしまったのか。普通の人たち、本当に私たちと同じようなごく普通の人間がどのようにして、迫害に加担するようになっていってしまったのか。一般市民が暴徒と化して、隣人であったユダヤ人をなぶり殺しにする、そんなことがどうして起こってしまったのか…そういった過程を理解することこそが、ただ「こういった事実があった」とだけ学ぶよりもはるかに意義があるのではないかと、この本を読んで感じました。
印象的だったのは、フリードリヒの父親の言葉。「ぼく」の父親に国外逃亡を勧められたときに、彼はこのように言います。―確かに自分たちの民族は迫害を受けてきた。これからもつらい運命に耐えていかねばならぬだろう。しかし、どれほど苦しめられようと、よもや命まで取られることはあるまい。今は20世紀だ、中世とは違うのだから。人間はその間に少しは成長したはずだから…と。残念なことに、彼の予想は大きく外れてしまいます。中世の時代から成長するどころか、史上最大とも言える大虐殺が行われてしまったのですから。
現代の私たちはどうだろう、少しはこの経験から学んだのだろうか。本当にもう、このようなことを繰り返したりはしないのだろうか。クラスでのいじめでさえ、見て見ぬふりしかできないような人が大半なのに、それなのに、国家ぐるみの迫害・殺戮にストップを掛けることがはたしてできるのだろうか…読後に浮かんだそんな問いかけに、私は自信を持って「できる」とは答えられませんでした。もちろん、そうしたいとは思う。そんな風に行動できる勇気を持ちたいとは思う。けれど実際そんな状況に直面したら、はたして…。
出来ることなら一生、そんな状況に直面することなしに過ごしたい。情けないけれど、これが正直な気持ちです。ええもう、大変チキン野郎です。
『北風のうしろの国』ジョージ・マクドナルド
マクドナルドはルイス・キャロルなんかと同じ時代の人です。そのくらいの古い時代に書かれた児童書だから、ある程度説教臭いのは仕方がないことだとは思うのです。…マクドナルドの作品では『お姫様とゴブリンの物語』を以前に読みましたが、これは説教臭さは多分にありながらも、遊び心があって楽しいメルヘンでした。でも今回のはちょっと、お説教臭さばかりが鼻についた印象。
ダイヤモンドが「北風のうしろの国」に行く所までは面白かったんだけどなあ、その後がちょっと。心の清らかな子供が、その清らかな心ゆえに早々に神様に召されるべきって考えは、私はとても好きじゃないです。ナルニアのラストでもそうだったけど…神様のいる国だけが重要なのだったら、じゃあこの現世でがんばって生きていることは、全く意味のないことなのか?くだらない、取るに足らない事なのか?生きることが不安定だった時代に、死後の世界へ安らぎや崇高さを求めたっていう気持ちは分からないことはないんだけれど…でもそれが、生の世界へのあきらめや見下しであってほしくはないなと思います。
死とは眠りである、それだけだ!!
- 2008/12/07(日) 18:21:54
仕事疲れと飲み会疲れの所為か、昨日は起きたら2時でした。昼の。
そっからちょこっとPCいじって(2ちゃんの「ゆでたまご漫画で吹いたシーン」スレを見るのが最近の楽しみ)ころっこと家の前の公園で一緒に走り回り、帰ってきたらまた眠くなったので晩御飯も作らず(父ちゃんゴメン)寝てしまいました。
で、起きたら2時でした。夜の。
目が冴えて眠れなくなったので、居間でストーブの前で丸まって梅昆布茶を飲みながらシェイクスピア祭の時の写真を見ていました。青春してたなぁ〜この頃はぁ〜などと青臭い思い出に咽び泣いていたら4時になったので寝ました。
起きたら12時でした。昼の。ダメ人間ワッホウ!To die; to sleep; No more;
原稿描かなきゃいけないけど、筆箱が見つからないからできないの。(部屋が散らかりすぎている件)
てなワケでシェイクスピア作品から2作、読書感想文でも書くよ!
『から騒ぎ』ウィリアム・シェイクスピア
ベネディックとベアトリスがかわいい!お互い会う度に憎まれ口を叩きあっているケンカ友達だったのが、周りの策略でまんまとお互いに恋しちゃうんだゼ!機知に富んだ二人の会話もいいです。オースティンの『自負と偏見』に出てくるエリザベスとミスター・ダーシーのカッポーを思い出しました。なんつーかさ、ツンデレ×ツンデレのカップルってイイよね!
話の筋自体はわりと単純で、同じラブロマンス物でも『お気に召すまま』やら『十二夜』なんかに比べたら、ひねりも面白みも足りないかな〜という印象でした。あと、クローディオにちょっとムカついた。ヒーローが不義をはたらいたと誤解したのは、そう誤解するように悪人に仕向けられてしまった為で、まあ彼が悪いわけではないんだけどさ…でももうちょっとヒーローのことを信じてやるとか、せめて結論を出す前に本人と話し合うとか、もうちょっとあるでしょうに。いきなり「あんな女と結婚する所だったなんて、とんだ恥をかかされた!!あの女に復讐してやる!」って、性急すぎ。オセローがデステモーナへ疑いを抱いたプロセスに比べたら、あまりにもその罠自体もお粗末なものだったし、妻を信じたい気持ちと疑いの気持ちとの間での葛藤もなく、いきなり「騙された!!」だし。ヒーローの方から見限ってやればよかったんだよこんな男。求婚するのだって、自分でよう言えんで上司から言ってもらうようなヘタレだし。いくら何でもそんな大事な局面は自分で言えよと。お前は女子中学生かよと。
ヒーローといえば、出番としてはかなり多いわりにあの序盤のセリフの少なさは異常。ああ、ホンマにおとなしいお嬢さんなのね、この娘は…とちょっとキュンときました。シェイクスピア作品の中でも屈指のおっとり娘さんじゃないですか?そんな娘さんが不貞の疑いをかけられてかわいそう。だからクローディオはやめときなって、ヒーロー。
『タイタス・アンドロニカス』ウィリアム・シェイクスピア
復讐、殺人、八つ裂き、強姦、権力争い、カニバリズム…
エグいよ!
血みどろだよ!
エロス&バイオレンスだよ!
ホンマこれ、職コロかよ!!って雰囲気の作品です。名高いシェイクスピア作品でもこんなのあるんですねぇ。まあ、古典文学だ何だ言うても所詮当時は大衆の娯楽だったワケですから、堅苦しくないこういうエログロものも大いに需要があったんでしょう。そういうモンでしょう。
ローマの老将軍タイタス・アンドロニカスと、ゴートの女王タモーラ。二人の間で繰り返される復讐劇はとどまる所を知らず、ついにはタイタスとタモーラを含めた登場人物のほとんどを死に追いやってしまいます。中でも強烈…というか胸クソ悪くなったのは、ラヴィニア陵辱→犯人をバラされないように舌と手を切り取るってくだりと、タモーラの二人の息子がおいしいパイになってしまってママンにいただきますされちゃうシーンですね。
まあこのタモーラの二人の息子ってのが外道も外道で…。タイタスの娘ラヴィニア(人妻)に懸想するワケですが、「オレはラヴィニアを愛さずにはおれん!」とか言いながら、旦那を目の前で殺してラヴィニアを手篭めにした挙句に、自分らの犯行だとバラされないように舌と手を切り取ってしまい、挙句の果てに「こんな目に遭わされたらオレなら生きちゃおれんがなヒャハッハー」とか笑いながら瀕死のラヴィニアを森に置き去り。…テメエらの血は何色だぁぁッ!!ああムカつく、お前らみたいなのが「愛している」とか言うな。こんなモンは愛でも何でもないだろう。
最後、ラヴィニアは父であるタイタスに殺されるのですが…これは、もう地獄のようなこの世に生きていたくないと彼女が望んだことなのでしょうか?それとも、父タイタスのゆがんだ親心だったのでしょうか?演出家がどう表現するのかが気になる所です。…劇見たいなぁ。強烈すぎてトラウマになりそうだけども。
まあ、母校のシェイクスピア祭で上演することはないでしょうね、この作品。女子大だしなぁ、生々しすぎるよなぁ色々と。
千里の遠きにはせてでも
- 2008/11/09(日) 23:10:51
ああもう、原稿描かなきゃいけないのにごろごろするだけで休みが終わってしまった…orz
最近疲れが抜けるのが遅いです。そろそろいい歳だしな、いつまでも若いつもりでいちゃいけんよな…と切ない事をつぶやく事が多くなった気がします。まぁイヤだわ。でも心はいつまでも熱血少年なのよ。明日からまた引継ぎで忙しいですが、でも負けないわ。ウマイメシをいっぱい食ってがんばるわ。
自分に負けるなよ!!元気でがんばれっ!!
さて、以下読書感想文です。これもずいぶん前に読んだ本です…半年ぐらい前かな?どんどん溜まってきてますが、ぼちぼち消化していきましょうか。
『血と砂 −愛と死のアラビア−』上・下 ローズマリー・サトクリフ
以前にも書きましたが、私は山本氏の訳文とあまり相性が良くないので、そのせいで物語の世界に没頭できるようになるまで時間がかかってしまいました。そこだけは残念。岩波からは、もうサトクリフの新刊は出ないのでしょうか?既刊本は最近文庫化されていってますからそれは嬉しいのですが、未訳の作品がまだいくつか残っているはず。それらは是非、猪熊葉子さんの訳で読んでみたい…。
それはさておき。
ナポレオンの時代、傭兵となりエジプトへ侵攻。そこで破れ、捕虜となり、いつしか砂漠の民と心を通わせ、イスラムへ改宗したキリスト教徒がいました。砂漠の暮らしを愛し、アラーを敬愛し、イスラムの太守の元で戦いに明け暮れ、つい聖都メディナの総督にまで登りつめたスコットランド人がいました。異郷の地で武人の誉れを手にし、雄々しく散っていった男がいました。
トマス・キース。この物語の主人公である彼は、実在の人物であったそうです。彼の周囲の人々・出来事も、ほとんどが史実であったとか。けれども歴史として書き留められてこなかった部分、事実はどうであったのか分からない部分もたくさんあります。彼の心情、日々の暮らしの中の些細な出来事、戦場で感じた戦慄、友と交わした言葉など…それらがサトウリフの豊かな想像力で補われ、確かな筆力で形にされています。アラビアという、いつもの彼女の作品とは違った世界で繰り広げられる物語ではありますが、戦士たちの生き様はローマン・ブリテンやケルトの戦士たちと同様、熱く猛々しく、そして刹那的で哀しく、胸を打ちます。
サトクリフの作品を読むたびに思うのですが、彼女の作品の根底に一番色濃くあるものは「滅びの美学」ではないかと。失われた栄光、崩壊していく帝国、滅びゆく部族、死にゆく戦士たち。それらが最期にぱっとあざやかに燃え上がる、その一瞬のまぶしさ、美しさ。そして次第に色あせ消えていく哀しさ。後に残る静けさ。読んでいてとてもつらくなる。とてもやるせない気持ちになる。けれどとても、とてもきれい。
以下ラストネタバレです。ご注意。
知恵熱出そうです。
- 2008/11/06(木) 19:08:31
お仕事、現在絶賛W引き継ぎ中!しんどい!
なんか、頭のいつもは使ってない部分をフル回転させてる感じなので、すごい疲れますね。座り仕事なのにも関わらず、全身ぐったりです…普段いかに頭を使ってないかがよく分かる!まあ、ボケ防止には効果抜群でしょうね。がむばりまっす!
さてさて、最近とんと書いてませんでしたが久々に、読書感想文です。だいふ前に読んだ本なのですが。
『なつかしく謎めいて』アーシュラ・K・ル=グウィン
異なる次元への移動方法が確立された近未来。他次元間旅行が人々の楽しみとなった世界を舞台に、こことは異なった次元に生きる様々な人々の、特徴、風習、神話、歴史などを紹介する、旅行記のような物語。
まず最初に他次元への移動方法の解説が語られるので、ああこの本はSF作品なのね、と思って読んでいたのですが…なんといいますかこれは、「SFの女王ル=グウィン」というよりはむしろ「文化人類学者の娘アーシュラ」の色の方が濃い作品なのだなと感じました。
他人と夢の世界を共有する人々の世界。24年のサイクルで渡り鳥のように大陸を移動する人々の世界。「不死の人」と、それを世話する人々の世界。そして何より印象的だったのが、突然変異的に翼を持つ人が生まれる世界。時に弾圧の対象ともなる有翼人たちにとっては、翼は自由の象徴ではなく、重荷や足枷、それどころか死を意味する事すらある。その為、中には翼を畳み込んで、まるで翼など存在しないかのように振る舞う有翼人もいる。けれども中には、大空を舞う喜びに魅せられ、地上の暮らしを捨てる人々もいる。たとえ翼を持つ事で死に繋がるとしても…。
それぞれの世界でそれぞれ全く異なった人々が暮らし、全く異なった風習や歴史を持っている。人々の価値観も、我々と似通っている場合もあれば、驚く程違う、ともすれば全く理解不能な場合もある。新紀元社『幻想世界の住人たち』や富士見書房『モンスター・コレクション』のようなファンタジー世界の住人の解説書がありますが、雰囲気としてはそれらの本に近いものがありました。
ただ、それらが世界各地・古今東西の伝承を元に編集されているのに対し、この本に登場する様々な種族は全て、ル=グウィン一人の想像力によって生まれたもの。一人の人間の頭脳から、こんなにも多様で奥深い種族が創造できるのものなのか、と感嘆せずにはいられませんでした。それが可能だったのはきっと、彼女が両親から受け継いだ、そして自らも学び長年培ってきた文化人類学の豊富な知識が根底にあったからこそなのでしょうね。
うれしいなあ
- 2008/05/21(水) 19:09:04
こないだ書いた、友達の結婚式が日取りかぶってしまった件、片方が日程をずらしてくれたので両方とも参加できるようになりましたよ!!良かった〜、ホンマに良かった(T▽T)気合い入れてお祝いしてきまっす!!…まだ先の話だけど。9月が楽しみ♪
さてさて、それでは読書感想文です。たまってますがとりあえず1件。
『魔法使いのチョコレート・ケーキ』マーガレット・マーヒー
遅ればせながら石井桃子さんの追悼をと思いまして、石井さんの訳されたこの作品をチョイス。
マーヒーの作品を読むのはこれが初めてなのですが、前から気になっていた作家さんでありました。彼女の作品『足音がやってくる』で卒論を書いた子がゼミにいて、面白そうだったので…。そちらの作品はヤングアダルト向けのダークな雰囲気の作品だったようなので、そういうお話ばかり書いている作家さんなのかと思っていました。
ですがこの本はもっと幼年向けの、ほのぼのとしたお話を集めた短編集。日常生活からちょっぴりはみ出た、素敵に不思議な出来事たちな出会えます。表題作の『魔法使いのチョコレートケーキ』と、あとメリーゴーラウンドのお話がかなりツボでした。
以前読んだアリソン・アトリーの短編集『西風のくれた鍵』に雰囲気が似ているなと思ったのですが、よくよく確認すると、こちらも石井桃子さん訳だったのですね。挿絵もどことなくタッチが似ているし。
元々のお話が持っている雰囲気と石井桃子さんの優しい文体が実によくマッチした、とても楽しく素敵な本でした。
ケルト人、うっかりさん。
- 2008/05/04(日) 17:06:16
5月4日って、前は国民の休日でしたよね。いつからみどりの日になったんだっけ…。
まあそれは置いといて読書感想文です。
『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』中野節子 訳
神話や伝承文学って、実はあまり読むのが得意じゃないんですよ。世界観とか雰囲気は大好きなんですけれど、登場人物にあまり魅力を感じない場合が多くて…。なんかね、小説と違って人物の心理描写があまりなかったり、性格付けがきっちりされてない場合が多いじゃないですか。だから、登場人物がたくさんいても誰が誰だか区別が付かなくなったり、ものすごく突飛な行動が多いなぁと感じてしまって、感情移入しにくいんですよね。まあ何と言いますか、単に私の読解力とか想像力が足りんだけだ、ということかもしれないのですけれど。
そんでもこの本を手に取ってしまったのは、やはりこういう物語の世界観はとても好きだということと、そして装丁のあまりの美しさに惹かれて!巻末にはボリュームたっぷりの詳しい訳注と、人名・地名一覧も。こういうのって、嬉しいですね。これだけでもう、マニヤ心をくすぐられますね。
読んでいると、やはり先に述べたような点で「ストーリーに入っていきにくいな」と思うことはありました。けれども、このケルトの世界観や魔法の掟などは、私の大好きなイギリスファンタジーの下敷きになった世界。人物には感情移入しにくくても、世界観にはすんなり入って行き易く、また浸っているととても心地のいいものでした。
美しく、力強く、魔法のような独特の響きを持った人名や地名もまた印象的でした。「英語版からではなく、是非とも原典であるウェールズ語版からの翻訳を!」とわざわざウェールズ語を学び、しかも「原典の持ち味を損なわない、なおかつ日本語としても美しい訳文を!」とこだわりを持って訳されたというだけあります。とても読みやすく、美しい文体でした。
…ひとつ、私がどうしても忘れられないエピソードがあるのでご紹介。『マビノーギの4つの物語』の中の『マソヌウイの息子マース』というお話に出てくるくだりなのですが…。
マースの養い子スェウは、花から作られた美しい乙女ブロダイウェズを妻にしました。ところがブロダイウェズは、スェウの留守中に出会ったペンスェンの領主グロヌウと恋に落ちてしまいます。二人は、邪魔な夫スェウを亡き者にしようと企み、どうすればスェウを死に至らしめることが出来るのかを探り出そうとしました。
ブロダイウェズ 「あなたが私を置いて亡くなってしまわれるような気がして、心配でなりませんの。」
スェウ 「はっはっは。心配無用。私を殺すにはある条件が揃わないといけない。それが整わぬ限り私は決して死なぬのだ。」
ブロダイウェズ 「まあ、それはどんな条件?それを避けるためには、わたくし、しっかりと知っておきたいわ。」
スェウ 「教えてあげよう。まず、私を撃つためには一年がかりで作り上げた槍がいる。しかもその槍は、人々が日曜の礼拝に行っている間に作られたものでなくてはならぬ。しかも、私を撃つ状況もまた特別なものでなくてはならん。」
ブロダイウェズ 「まあ、いったいどんな?」
スェウ 「まず川の上に風呂を作り、浴槽の上に丸天井の枠をかけ、その上をたっぷりと心地のよい藁でふき、それから雄山羊を一頭連れて来て浴槽の傍に置くのだ。私が一方の足をその雄山羊の背中に、もう一方の足を浴槽のふちに置いた状態にあるときに、例の槍で私を撃てば、誰でも容易に私を亡き者にできる。」
ブロダイウェズ 「まあ、そのような条件を満たすことは容易ではございませんわね。」
(一年後)
ブロダイウェズ 「殿、いつかお話くださいましたあの状態が実際にどういうものなのか、わたくし一度見ておきとうございますわ。お風呂と山羊を用意いたしましたから、さ、実際にやってごらんになって。」
スェウ 「はっはっは。いいだろう。こうやってだな…。」
ブロヌウ 「今だ!!バシュッ!!」
例の槍 「プキュン!」
スェウ 「うっ!!」
スェウは死んでしまったのでございます。
・・・ここはどう考えてもギャグにしか思えないよ!!スェウ、あさはかすぎるよ!
面白すぎるぜ、中世ウェールズ幻想物語。ステキ。