うれしいなあ

  • 2008/05/21(水) 19:09:04

 こないだ書いた、友達の結婚式が日取りかぶってしまった件、片方が日程をずらしてくれたので両方とも参加できるようになりましたよ!!良かった〜、ホンマに良かった(T▽T)気合い入れてお祝いしてきまっす!!…まだ先の話だけど。9月が楽しみ♪

さてさて、それでは読書感想文です。たまってますがとりあえず1件。

『魔法使いのチョコレート・ケーキ』マーガレット・マーヒー
 遅ればせながら石井桃子さんの追悼をと思いまして、石井さんの訳されたこの作品をチョイス。
 マーヒーの作品を読むのはこれが初めてなのですが、前から気になっていた作家さんでありました。彼女の作品『足音がやってくる』で卒論を書いた子がゼミにいて、面白そうだったので…。そちらの作品はヤングアダルト向けのダークな雰囲気の作品だったようなので、そういうお話ばかり書いている作家さんなのかと思っていました。
 ですがこの本はもっと幼年向けの、ほのぼのとしたお話を集めた短編集。日常生活からちょっぴりはみ出た、素敵に不思議な出来事たちな出会えます。表題作の『魔法使いのチョコレートケーキ』と、あとメリーゴーラウンドのお話がかなりツボでした。
 以前読んだアリソン・アトリーの短編集『西風のくれた鍵』に雰囲気が似ているなと思ったのですが、よくよく確認すると、こちらも石井桃子さん訳だったのですね。挿絵もどことなくタッチが似ているし。
 元々のお話が持っている雰囲気と石井桃子さんの優しい文体が実によくマッチした、とても楽しく素敵な本でした。

ケルト人、うっかりさん。

  • 2008/05/04(日) 17:06:16

5月4日って、前は国民の休日でしたよね。いつからみどりの日になったんだっけ…。

まあそれは置いといて読書感想文です。

『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』中野節子 訳
 神話や伝承文学って、実はあまり読むのが得意じゃないんですよ。世界観とか雰囲気は大好きなんですけれど、登場人物にあまり魅力を感じない場合が多くて…。なんかね、小説と違って人物の心理描写があまりなかったり、性格付けがきっちりされてない場合が多いじゃないですか。だから、登場人物がたくさんいても誰が誰だか区別が付かなくなったり、ものすごく突飛な行動が多いなぁと感じてしまって、感情移入しにくいんですよね。まあ何と言いますか、単に私の読解力とか想像力が足りんだけだ、ということかもしれないのですけれど。
 そんでもこの本を手に取ってしまったのは、やはりこういう物語の世界観はとても好きだということと、そして装丁のあまりの美しさに惹かれて!巻末にはボリュームたっぷりの詳しい訳注と、人名・地名一覧も。こういうのって、嬉しいですね。これだけでもう、マニヤ心をくすぐられますね。

 読んでいると、やはり先に述べたような点で「ストーリーに入っていきにくいな」と思うことはありました。けれども、このケルトの世界観や魔法の掟などは、私の大好きなイギリスファンタジーの下敷きになった世界。人物には感情移入しにくくても、世界観にはすんなり入って行き易く、また浸っているととても心地のいいものでした。
 美しく、力強く、魔法のような独特の響きを持った人名や地名もまた印象的でした。「英語版からではなく、是非とも原典であるウェールズ語版からの翻訳を!」とわざわざウェールズ語を学び、しかも「原典の持ち味を損なわない、なおかつ日本語としても美しい訳文を!」とこだわりを持って訳されたというだけあります。とても読みやすく、美しい文体でした。

…ひとつ、私がどうしても忘れられないエピソードがあるのでご紹介。『マビノーギの4つの物語』の中の『マソヌウイの息子マース』というお話に出てくるくだりなのですが…。



 マースの養い子スェウは、花から作られた美しい乙女ブロダイウェズを妻にしました。ところがブロダイウェズは、スェウの留守中に出会ったペンスェンの領主グロヌウと恋に落ちてしまいます。二人は、邪魔な夫スェウを亡き者にしようと企み、どうすればスェウを死に至らしめることが出来るのかを探り出そうとしました。

ブロダイウェズ 「あなたが私を置いて亡くなってしまわれるような気がして、心配でなりませんの。」
スェウ 「はっはっは。心配無用。私を殺すにはある条件が揃わないといけない。それが整わぬ限り私は決して死なぬのだ。」
ブロダイウェズ 「まあ、それはどんな条件?それを避けるためには、わたくし、しっかりと知っておきたいわ。」
スェウ 「教えてあげよう。まず、私を撃つためには一年がかりで作り上げた槍がいる。しかもその槍は、人々が日曜の礼拝に行っている間に作られたものでなくてはならぬ。しかも、私を撃つ状況もまた特別なものでなくてはならん。」
ブロダイウェズ 「まあ、いったいどんな?」
スェウ 「まず川の上に風呂を作り、浴槽の上に丸天井の枠をかけ、その上をたっぷりと心地のよい藁でふき、それから雄山羊を一頭連れて来て浴槽の傍に置くのだ。私が一方の足をその雄山羊の背中に、もう一方の足を浴槽のふちに置いた状態にあるときに、例の槍で私を撃てば、誰でも容易に私を亡き者にできる。」
ブロダイウェズ 「まあ、そのような条件を満たすことは容易ではございませんわね。」
(一年後)
ブロダイウェズ 「殿、いつかお話くださいましたあの状態が実際にどういうものなのか、わたくし一度見ておきとうございますわ。お風呂と山羊を用意いたしましたから、さ、実際にやってごらんになって。」
スェウ 「はっはっは。いいだろう。こうやってだな…。」
ブロヌウ 「今だ!!バシュッ!!」
例の槍 「プキュン!」
スェウ 「うっ!!」

スェウは死んでしまったのでございます。


・・・ここはどう考えてもギャグにしか思えないよ!!スェウ、あさはかすぎるよ!
面白すぎるぜ、中世ウェールズ幻想物語。ステキ。


4月23日はシェイクスピアの日

  • 2008/04/20(日) 20:28:10

風邪を引いたみたいです。なんか胃腸の調子が悪いです。
原稿が進みません。あうう。

読書感想文も、最近書くのサボってたのでたまってきています。
別に誰に強制されているワケでもないので、ゆっくり書いたらいいのですけれどね。でも溜めすぎたらだんだん書く気が失せてくるのでね…今、読了したもので感想文が書けてないものが13冊分あります。今までは読んだ順番に書いていたんだけれど、書きやすいものからとりあえず書いていこうかな…。

というわけでとりあえず2冊。
春になるとシェイクスピアを読みたくなるのは、私に唯一身に付いた英文卒らしい習慣です。

『アントニーとクレオパトラ』ウィリアム・シェイクスピア
ここんところ古代ローマ萌えが激しいもので、今回はこの作品をチョイスしてみました。『ジュリアス・シーザー』もそのうち読みたい。
クレオパトラが結局アントニーのことを本気で愛していたのか、愛していなかったのか、どっちのスタンスで書かれているのかが結局よく分かんなかったのですが…。悪いようには扱わないよ、というオクタヴィアヌス・シーザーの申し出を断って、アントニーの後を追って自害したわけだから、そこだけ見たら本当にアントニーを愛していたんだねと受け取れますけれどね。でもそれ以前の態度はどうも、アントニーを利用しているだけみたいな感じだったので。
無理やり解釈すると、「愛してはいたんだけれども、祖国エジプトの為を考えたら勢いのある権力者と通じる必要があった。なので自分の本心とはうらはらに日和見主義を貫いていたけれど、最期の瞬間だけは自分の気持ちに正直になり、愛に殉じた。」…こんなところでしょうか?うーん、そのうちもう一回読んで確認します。
それにしてもアントニー、海戦の途中でクレオパトラの乗る船が戦線離脱したからって、それを追いかけて自分も退却しちゃあいかんだろう。このエピソードが史実と知って愕然。あんた、大将なんだからさ…。

『冬物語』ウィリアム・シェイクスピア
シェイクスピアの中でもややマイナー感のある作品。私も、実際に読むまであらすじも何も全く知りませんでした。唯一知っていた前知識といえば、ヒロインの名前がハーマイオニーであるということ。萌エス。
ストーリー前半は、少し『オセロー』っぽい感じ。根拠のない嫉妬に狂ってしまった王様リオンティーズが、無実の友人を追放し、不義を働いていない王妃ハーマイーニーをみだらな女と決め付け、あげく死に追いやってしまうというもの。後半は一転して『お気に召すまま』のような、のどかな田舎の羊飼いの恋物語になります。なんちゅーか、一粒で二度おいしい劇ですねコレ。
最後の彫像のシーンは、『ピグマリオ』最終回のガラティア母様が元に戻るシーンを思い出しました。
メルヘンチックで面白かったですよー。

褌は白に限ります。

  • 2008/03/01(土) 20:59:33

もう3月だというのに、家の中が極寒で困ります。
それというのも、以前のボヤ騒ぎのときに台所の窓ガラスが割れてしまったのですが、それを直さずにそのまま放置しているからなんですがね…。一応前に板かませてはあるのですが、隙間風がバンバン入ってきまくりですよ。直そうよ直そうよーとずっと言うてはいたのですが、のらくらしている間についに一冬越してしまいまったよ…まあ、絶対一酸化炭素中毒の心配はないですね、我が家。
今、昨晩の残りの切干大根の煮物を温めなおして食ってます。あったかー。うめー。

さて、以下読書感想文です。

『一夢庵風流記』隆慶一郎
 原哲夫氏の漫画で『花の慶次−雲のかなたに−』という作品がございましたね。武人の生き様を痛快に描いた、大変に熱く、楽しく、魂揺さぶられる名作でございましたね。小学生のときにリアルタイムでジャンプで読んでいました。「傾奇者」という言葉はちょっとした流行語になっていました。
 さて、それの原作本がこの『一夢庵風流記』でございます。漫画化にあたってストーリーやキャラクターにかなりのアレンジが加えられいたそうで、けっこう話は『花の慶次』とはちがう部分が多いです。中でも、慶次郎とおまつ様との関係がプラトニックラヴじゃなかったのにはぶったまげたYO!!
 けれども熱い武人の魂は、どちらの作品にもしっかりと宿っています!熱いよ!雄々しいよ!痛快だよ!!
 慶次郎のなんと清々しく、懐の深い人柄であることか!なんと熱く猛々しい戦いっぷりであることか!!武勇と風流を併せ持つ慶次郎、たまらなく魅力的な御仁です。男として生まれた者なら誰でも、自分もこのような漢になりたい、と思わずにはいられないでしょう。ホモい意味ではなく「男から惚れられる漢」といった人物です。
 こいういの読むと、私も男に生まれたかったと思ってしまう…。


 あとこの作品に限らず、武人の生き様を描いた物語を読んだときに共通して思うことなのですが、生死感が今の私たちとは全く異なるんですよね。
 たしかに戦いも死も、今よりはずっとありふれた、ごく当たり前のものだったでしょう。今の私たちよりはよっぽど馴染みのものだったとは思います。けれどもやっぱり「死を恐れない」「だらだらと生きながらえるよりは勇敢な死を選ぶ」ってのは、今の私たちにとっては共感しがたい感覚です。死ぬことは怖いし、家族や友人や大切な人たちにも長生きしてほしいと思いますよ。
 今よりももっともっと宗教が生活に密接に絡んでいた時代なので、死後の世界を信じていたからってのはあるかもしれません。死んだってそこで終わりじゃない、極楽浄土に行けるとか天国に召されるとかヴァルハラに行こうゼ!とか思っていたから、ってのもあるにはあったと思うんですけれど、それだって死が怖いからこそ、そうやって理由付けして怖さを紛らわしていたっていう気がします。

 何ですかこう、「生と死のギリギリの瀬戸際の所にいないと、自分が生きているって実感できない」っていう感覚の人ってのは世の中にいることはいると思うんですが、その人だって生まれつきこうだったってわけではなくってですね、やはり初めは普通に死ぬのが怖いんじゃないかと思うんですよ。それが、例えば守りたいものの為であるとか、またはただ単に徴兵されてとかで戦場に出て…一度戦場を経験することで変わってしまうんでしょうね。戦士達が命を懸けた戦いに出陣するシーンっていうのは、面白い戦士の物語にはどれも共通なんですが、ものすごい高揚感なんですよね。鳥肌立つくらい。戦士達が一体となって、鬨の声を上げて、武器を振りかざし、空気が震えて…これを体験してしまったらもう、元には戻れなくなるんじゃないでしょうか。平和な日常には耐えられなくなり、戦場の高揚感の中に戻りたくなる、と。
 多分、こういう感覚を持つようになった人間だけが、英雄と呼ばれるようになれるのでしょう。でもそれが幸せなことなのかどうかは、また別ですけれど。


 もちろん私は無闇に命を粗末にするべきではないと思うし、たくさんの命がいたずらに失われていく戦争は、避けるべきだと思っていますよ。フィクションの中での戦士の生き様に燃えるのと、実際の話とは、また別ってことで。念のため。

 

読書感想文 幸せとか、恋とか、狂気とか。

  • 2008/02/23(土) 18:50:18

昨日の晩は、最近職場で仲良しになったおばさまと二人でデートしてきました。
寿司食ってきたよ!しかも回らない寿司だよ!
中トロとアナゴと甘海老、ほんで白子の天麩羅がものすごくウマかったです(*´∀`*)


さてさて、以下読書感想文です。とりあえず3冊分。

『青い鳥』モーリス・メーテルリンク
 有名なわりに読んだことがなかった作品。戯曲でありますが、キャストの服装とト書きの指示の細かさにまず度肝を抜かれました。
 もっともっとメルヘンチックで夢あふれる雰囲気のお話なのかな?と思っていたので、イメージしていたよりもずいぶん皮肉っぽいというか…人間に対して敵意を丸出しにする動植物たちのシーンは、かなり怖かったです。
 ラスト「青い鳥(=本当の幸せ)は実は家にあった」っていうのは有名な話ですね。これは、なんとなく思うのですが、世界戦争に向けて各国が突き進んでいっていた情勢の中で書かれたからこそ、こういう結論になったんじゃないかな、と。「本当の幸せは家庭の中にこそある」と叫ぶことで、他国へ侵攻していくことや、戦争で国益を得ようとすることの空しさなんかを主張したかったのではと…。別に根拠があるわけではないのですが、なんとなくそんな気がしました。

『サロメ、ウィンダミア卿夫人の扇』オスカー・ワイルド
 これも戯曲集。表題2作の他に『まじめが肝心』も収録されています。荻原規子さんの『樹上のゆりかご』を読んで『サロメ』に興味を持ったので、読んでみました。
 「恋する相手が自分を省みない為に、その恋の相手を殺して永遠に自分だけのものにしてしまう」というラオウでさえも実践しようとしたこの理論、それを実践してしまった女性サロメを描いた作品です。
 相手を手に入れた、自分だけのものにしたという一瞬の高揚感を得る為に。
 …逆にそれは、その甘美な一瞬と引き換えに、愛しい相手のぬくもりも、眼差しも、声も、永遠に失ってしまうということですよね。相手の肉体がだんだんと朽ちていくことに、相手がもう思い出の中以外のどこにも存在しなくなってしまったということに、そんな耐え難い事実に、この先ずっと耐えていかなければならない…。
 その甘美な一瞬は、そこまでして手に入れる価値があるのでしょうか。私にはとても不公平な取引なような気がしてなりません。けれど、彼女にとってはそうではなかった…そうまでして手に入れたいと思えるこの激情は、もう恋と呼べるものではない、他の違う何かだと思います。欲望、執念、狂気…どう呼んでいいのかは分かりませんが。

 後で知ったのですが、旧約聖書の中ではヨハネ殺害はサロメの意思ではなく母ヘロデヤの意志だったそうで。サロメを題材にした他の作品では、サロメが踊ったのはワイルド説とは逆にヨハネの助命を求めてのことだった、というものもあるそうですね。西洋の文学は聖書を題材にしたものが多いので、一度みっちり聖書の物語を勉強して、理解を深めたいとは思っているのですけど…電車の中で聖書読んでるのってなんかちょっとアレかなあ、と。まあ別に誰も気にしないでしょうし自意識過剰気味かとは思うのですけれど。文学背景としてのキリスト教には興味ありますが、宗教としてのキリスト教ってあんま好きじゃないというか…。

 他の二作ですが、『ウィンダミア卿夫人の扇』はちょっとしんみりするお話、『まじめが肝心』は金持ちボンボン二人のハチャメチャ恋愛喜劇という感じで、どちらもなかなか面白かったです。


『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング
 例えて言うなら「裏・15少年漂流記」。無人島に不時着した少年達が、15少年漂流記のように協力し合うこともなく、社会的秩序を維持することもできず、てんでバラバラのまま無人島生活を続けるうち、だんだんと凶暴な野生に目覚めていき崩壊していくお話。ものすごくドロドロしてて怖かった…けれど、こんなに引き込まれてしまう話もちょっとないんじゃないかってくらいぐんぐん引き込まれました。
 初め、不時着した少年達が全く危機感を持っていないのが、逆に読んでて恐ろしかったです。「なんてきれいな島なんだろう、これが全部、ぼくたちのものなんだぜ!!」「なあに、そのうち大人が助けに来てくれるさ。それまで楽しもうよ。」といった考えしかない少年達。唯一現実主義のピギー少年が「でも、僕達がここにいるって、どうやって他の人にわかるのさ?」と問いかけた時も、「えっと…今コイツなんかものごっつ不安なこと言ったような気がしたけど…うん、聞かなかった事にしよう。」と華麗にスルー。
 けれど無人島で過ごすうち、だんだんと状況は楽観できないものとなり、初めにきっちりと規律を作らず勝手気ままに過ごしていたことのツケがたまってきます。
 そうするうちに、「ずっとここで生きていけるわけがないだろ!生き残るためには救助を呼ばなきゃならないって何故わかんないんだよ!のろしを絶やさないのが何より大事なんだよ!」とする一派と、「島での生活に適応することが第一だろ、食い物なくってもいいっていうのかよ。てかまだ救助来るとか夢見てるのかよダセー」というの一派とでいさかいになり、やがて激しく憎しみあうようになります。
 いくつかの出来事が少年達の不安をあおり、凶暴性を目覚めさせ、ついには狂気が爆発して…。
 そして悪夢から覚めたように、突然やってくる結末。終わりがあっさりしているから余計に、それまでの狂気が際立つように思いました。こんなにもあっさりと悪夢が終わるのなら、何故あと数時間早く、あんなことになる前にそうならなかったのか、と。
 独自のコミュニティを築いて協力するどころか、最後まで自分達が全員で何人いるのかさえ把握できていなかった少年達。ひどい状況ですが、実際にこの年頃の少年達だけで無人島生活なんてしたら、秩序を維持できないって事も充分あり得る話ですよね。
 かなり強烈で怖い描写も多々ありました。ネタバレしちゃうのはアレなので反転しますが→サイモンピギーの死に方はマジで、トラウマになりそうですよ…。コレ、繊細な人が読んだら多分、しばらくは豚肉食べられなくなると思います。私は、最後のシーンを焼肉食いながら読みましたが。
 でもすごく面白かった…ものすごく読み応えのある一冊でした。
 


1ゾロ振ったら経験点10点

  • 2008/02/03(日) 17:57:54

一昨日の日記に書いたリプレイ、読み終わりました〜。以下感想文。

『デーモン・アゲイン-ソードワールドRPGリプレイ・アンソロジー-』清松みゆき・藤澤さなえ・秋田みやび/グループSNE:著
久々のソードワールド・リプレイですが、やっぱいいですねTRPGは!!
表題作はリプレイ第3部のバブリー・アドベンチャラーズのその後のお話です。コレ目当てで購入したのですが、他の2つのセッションも良かったです♪バブリーズはご存知の通り、もうすっかり高レベルパーティ(冒険者レベル6〜8)なのですが、他は駆け出しパーティのお話なので、敵はゴブリンやらコボルトやら…なんかこう、初々しい。

 「やっぱり、猫は好き」(GM:秋田みやびさん)
タイトルの通り、かわいらしい雰囲気のセッション。冒険と言うよりおとぎ話的なほのぼの感があって、こういうのもいいなあと思わせてくれました。初期パーティの頃に誰もが通る道・THE☆ダンジョン潜り!そして出会う敵はもちろんゴブリン、コボルト!ああ、懐かしい空気満載です。
ソーサラーのエルマちゃんが全く魔法を使わず、バッソばっか振り回していたのには笑いました。レベル1だとたいした魔法はないとはいえ…エルマちゃん、男前すぎ。

 「冷気の杖を奪っちゃえ!」(GM:藤澤さなえさん)
これも初歩的なダンジョン潜りシナリオだけど、1作目よりはちょっと上のレベル(平均3レベル)パーティ。難易度・敵の強さ共にちょっと上がってます。
私はバード技能を取っても、あんまり戦闘時に効果的に呪歌を使えたためしがなかったんだけど、このプレイでは実に効果的に呪歌を使っていて大変勉強になりました。グラスランナーのリトちゃんがかわいい。
でもそれより何よりこのセッションで衝撃だったのは、すけこましエルフのスフランですね…。まさかあんな、あんなところであんな事に!!?第五部「アンマント財宝編」のぼん(カシス)のあの、まさかの事故死シーンを思い出してガクブルしました。ダイスの神様って恐ろしい…。

 「デーモン・アゲイン」(GM:清松みゆきさん)
ああっバブリーズ、おかえりなさい!!相変わらず、あふれる財力に物を言わせた力技の数々(魔晶石消費しまくっての魔法バンバン拡大攻撃)が健在で嬉しい限り。豪快なプレイに惚れ惚れいたします。敵も上位魔神やダークエルフ、それにちょっぴりですがドラゴンまで!さすが高レベルパーティ。豪快です。
でもやはり何より素晴らしいと思うのは、スイフリーの知略ですね!ストーリー序盤、「慢心の精霊はどこに行ったんだ?」と言われるほどの慎重(臆病?)な態度だったので、なんかスイフリーらしくないな〜と思っていたのですが…最後の戦闘でやってくれました!GMをも出し抜く作戦でみごと時間を稼ぎ、上位魔神に勝利。以前、ワイトと戦った時にもこういう作戦を使っていたように思いますが、攻撃魔法にしろ補助魔法にしろ、工夫次第で色々な使い方が出来るのがTRPGのおもしろいところ。それを見事体現してくれたスイフリー、天晴れと言うしかありません。こんな風に頭使ったプレイができたら面白いだろうなぁ、と思います。

…スイフリーのプレイヤーさんが水野良さんだってのは、マジですか?

たまには児童文学以外も

  • 2007/10/14(日) 01:21:54

鶏肉は必ず皮付きのものを買い、料理するときは皮は剥いで冷凍保存。それを何度か繰り返して充分な量がたまれば、どばっと一気に炒め物に使います。その瞬間がたまらなく幸せ。
鳥皮炒めにはナスを入れるがよい。ナスと油は相性が抜群ゆえ。おいしい鳥の油を吸ったナスは絶品。目からビーム出るほどウマイ。


さて、以下読書感想文です。


『弟切草』長坂秀佳
サウンドノベルの名作のノベライズ。ホラーもの苦手な私がこの本に手を出せたのは、このゲームがすごく好きだったから!ピンクのしおりには到達できなかったものの、兄弟みんなでどっぷりハマッてましたよ〜。
内容は、ゲームの内容をふまえつつも独自のオリジナルストーリー。火傷編とシャドウ編の要素が濃かったかも。主人公はゲームのとおり公平で、奈美とナオミとミイラはもちろん出てきます。直樹は名前だけ出てきます。少年でもなく怪魚でもなくゴンゲ〜とも鳴きませんが。奈美とナオミの弟ですらありませんが。ゲームしていない人にはちょっとわかりにくいかも、と思うところはあったかな。けど「ゾクゾク怖い内容ありつつもどっか公平のセリフはアホっぽくてステキ」というゲーム独自の空気が健在で、懐かしくも面白かったです!!
公平側視線と奈美側の視線とで切り替わりつつ話が進むので、「ザッピングシステム!!てことはコレはプレステ版!!」と大興奮してしました。変なところがツボにはまるなあ。


『自負と偏見』ジェーン・オースティン
エリザベスとミスター・ダーシーは可愛すぎるだろう何このツンデレカップル!!
階級制度が絶対の時代、「自立した女性」という存在が皆無に近かったであろうこの時代に書かれた作品にもかかわらず、これほどしっかりと自分の意思を持ち、自分の意見を述べる女性像が描けるとは!小説という形をとり世間に向けて自分の意思・意見を発信した作者:オースティン自身も、きっとエリザベスのようなステキな女性だったのだろうと想像してしまいます。
気が強く聡明でプライドの高い、でもとてもかわいらしいエリザベス。とても良かったですよ!!
当時の世の中への、そこに生きる様々な人々への鋭い観察やシニカルな意見も面白かったけど、純粋に恋愛モノとして読んでも充分面白かったです。タイトルどおり、強い自負心ゆえ、そして第一印象の悪さから抱いてしまった偏見ゆえ、相手の本当の姿が見えずにすれ違っていた2人。けれど時が経つにつれ徐々に惹かれあっていくエリザベスとミスター・ダーシー。…うっはぁ!!
ミスター・ダーシーの外見イメージが、何故か「エマ」(漫画のね)のハンスさんの姿でしか想像できなくて…大変萌えました。ハンス好きだし。ビバもみあげ。
エリザベスは、同じくオースティン作品の映画『分別と多感』を昔見たんだけど、エリザベスとちょっと似た気の強い女の子の役をケイト・ウィンスレットが演じてて、それがべらぼうにキュートだったのでそのイメージ。
↓こんなかんじ。


オースティン作品、他にも読んでみたいと思いました。大学の授業で『ノーザンガー僧院』ダイジェスト版をちょっとかじったので、まずはコレをきちんと読みたいな。


『オセロー』ウィリアム・シェイクスピア
これでやっと、4大悲劇全制覇!…でもこの作品、他の4大悲劇とはだいぶ趣が違うな、と思いました。
どっちかというとロミジュリに近いかも…と思ったのは、多分悲劇のスケールの大きさ。他の3作品は王家の後継者争いやクーデターが発端となった、国家を揺るがす規模の悲劇だったわけですが、オセローは優秀とはいえ単なる軍の一将校。それが部下の個人的な逆恨みによって破滅していくという物語。彼とその周辺の人々が相次いで死にはしましたが、それが国家や戦況に与える影響は、他の作品と比べれば微々たる物です。
それともうひとつ、これは他の悲劇とも、ロミジュリとも違うなと思った点ですが、他の悲劇は魔女や幽霊といった超自然のものが発端にからんでいたり、はたまた誤解、すれちがい、タイミングのずれなどによって運命の歯車が狂ってしまったことによる悲劇、つまりどれも「人の力ではどうしようもないものに翻弄されてしまった」感が強いと思うのですが、オセローはちがうなあ、と。
この悲劇の発端は、明らかな悪意。イアーゴーの妬み、憎悪。ゆがんだ心が引き起こした、人の手による計画的な犯行。霊や運命の力を借りずとも、人間は己の悪意だけで悲劇を作り出せるのだと、そういう物語として読めました。だから、他の悲劇よりも怖い気がしました。政権争いは他人事だけど、これはもっと身近な悪意だから。
ハムレットのクローディアスのようなどっしりかまえた悪役と違い、イアーゴーはセコセコ動き回って小さい奴に見えるかもしれない。ジャイアンよりスネ夫っぽい印象かもしれない。けれど、彼が計画を進める姿は「周到に」とかそんなんじゃなく、「嬉々として」やっているという表現がピッタリくる気がして、それが怖い。「自分が認められないのに、あろうことかあんな野蛮な異教徒が権力を手にし、自分より上の地位に立つとは。」「あんな黒人が、あろうことかあの美しいデステモーナまで手に入れるとは。」そんなつまらんことで相手を逆恨みし、妬み、あげく妻もろとも死に至らしめる。それが怖い。
他の悲劇に比べて動機もスケールもちっぽけだけど、だからこそ世間で実際に起こりうる悲劇に最も近くて、最も現代的な内容だと思いました。

…だから、読んでてあんまり気持ちよくなかったんだよなあ正直。
竜巻は精神的におこちゃまなので、後味の悪いお話はできれば遠慮したいな、と。…だって、楽しむために本を読んでいるのに、本のせいでウツな気分になるなんてヤだもの。この作品の後味悪さはまあ、我慢できる程度だったし、シェイクスピア自体が結構好きなので大丈夫だったんですが。

本を読むときは、読後にイヤ〜な気分がいつまでも残るようなのは苦手なんです。シビアでもいいから、ハッピーエンドじゃなくてもいいから、どっかに少しでも救いは欲しいです。